土曜日, 12月 09, 2006

トルセトラピブへの期待は何故大きかったのか?

  • 米医薬品大手ファイザーが、善玉コレステロール(HDL)を増加させる薬「トルセトラピブ」の開発を中止すると発表した。臨床試験で患者の死亡や心臓病が増加したことが原因だ。
  • 昔、筆者は脂質代謝の薬を研究していたので、関心がある。このトルセトラピブの作用メカニズム、CETP阻害作用については、学会でも論争があったことを記憶している。CETPは動脈硬化を促進する悪者か、本当は正義の味方かどちらだという論争だ。私の記憶ではCETPの役割は学会でも明確ではなく、むしろ日本では正義の味方説が優勢であったような気もする。現在の最先端の情報を詳しく知らないので、詳しい人に疑問に答えてもらえたらありがたいと思う。記憶をたよりに簡単にCETPの作用についてまとめてみる。
  • 血液中ではコレステロールはLDLとHDLという粒子中に存在し、それぞれ善玉コレステロール(LDL)、悪玉コレステロール(HDL)と呼ばれている。それは血中のコレステロールレベルと動脈硬化(心疾患)の関係を調べたさまざまな疫学的な調査により、LDLコレステロールレベルと心疾患は正の相関があり、HDLコレステロールレベルと心疾患は負の相関が示されているからである。一方、機能面からは、LDLは腸から取り入れたコレステロールや肝臓で合成したコレステロールを末梢に運ぶ役割をもち、HDLは末梢から肝臓にコレステロールを運ぶ役割を持っていることがわかっている。末梢組織で使うよりもコレステロールの供給が上回り、血液中にコレステロールがだぶつくと血管壁に溜まって動脈硬化を引き起こすというわけである。体にコレステロールが余った状態では、肝臓にコレステロールを運んで代謝する機能が十分働くことが必要であり、HDLコレステロールが高い方がコレステロールの処理が進みやすい状態である。
  • 次にCETPだが、この蛋白質はHDL中のコレステロールをLDLに移す働きがある。CETPは善玉コレステロールを悪玉コレステロールに変える「悪い」蛋白質だというわけだ。だからこれを阻害しようというのが「トルセトラピブ」というCETP阻害剤を考えた発想である。
  • ただ、ここに疑問がある。CETPが悪玉コレステロールを増やす悪い蛋白質ならばなぜそんなものを体がもっているのか?という疑問である。
  • ひとつの答えは飢餓状態等、栄養が不足しているとき、HDLにあるコレステロールをLDLに移して末梢で利用できるようにする仕組みであるというのである。飽食の時代では悪者でも飢餓の時代は立派な役目をもっていたというもの。
  • しかし別の考えもあって、末梢から肝臓へのコレステロールの流れ(逆転送系)はHDLだけではなくLDLもその役割を担っていて、CETPは逆転送の流れを阻害するものではない。むしろ積極的な意味をもっている。それは、CETPはHDLの機能を強めているというものだ。CETPが作用してコレステロールをLDLに移し、コレステロールの少なくなったHDLは抹消からコレステロールを引き抜く力が強いというデータが出されていた。
  • このような論争がその後どのような経緯をたどっているか詳しく知らない。少なくとも脂質代謝の専門家ならこのような薬の両面の可能性がわかっていたはずであるが、エコノミストの売り上げ予想にはあまり反映されていなかったように見える。
  • 私には、ここまで試験が進まないと心疾患での結果が判断できないこと、この段階まで薬の開発を進めるにはコレステロールレベル(善玉、悪玉)と心疾患の関係性を拠り所にするしかないこと、しかしその読みは正確かというリスク、---これらの圧倒的に巨大な経済メカニズムにため息をつくばかりである。

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