- ローマ人の物語25、賢帝の世紀(中) 塩野七生著 新潮文庫
通勤時にiPodを聞くようになってから、通勤電車ではあまり本を読む時間が少なくなった。お蔭でトライアヌスからハドリアヌスに皇帝が変わるのにだいぶ時間がかかってしまった。この巻では、ハドリアヌスが帝位を継承する際の先帝重臣粛清の捉え方に塩野氏の鋭い眼を感じた。ハドリアヌスの後見人であり、かつ近衛軍団長官のアティアヌスが、帝位継承の隙間を狙った「執政官経験者」4人による反ハドリアヌスの陰謀の動きを捉え、粛清に動いた事件である。
ローマ帝国の領土を最大に広げたトライアヌス帝。ダキアを攻め取り、パルティアに攻め入ったトライアヌスであったが、目的を果たせず病気となりローマへ帰る途中で死んでしまう。後を託されたハドリアヌスは、遠征先から撤退を進めていたが、拡大を進めた先帝に対し撤退をする自身が元老院から不評を買うことを覚悟して慎重に撤退を進めていた。ローマへ帰るまでの間にアティアヌスから連絡があり、反ハドリアヌスの陰謀への対処を求められた。
帝政では皇帝が実権を持っていたが、皇帝は元老院を立ててその関係をよく保つことが治世をスムースに進める要諦であった。皇帝殺害を謀った罪、つまり国家反逆罪を法制化したのはカエサルの暗殺の二の舞を嫌ったアウグストゥスであるが、元老院の反対派の粛清のための武器として活用した皇帝は元老院との関係悪化を招いている。ハドリアヌス自筆の「回想録」には、自分は殺害までは命じなかったのにアティアヌスが一存で殺したと弁明しているらしい。またフランスのマルグリット・ユルスナルによる「ハドリアヌスの回想」でもこの線に沿った記述となっている。塩野氏はこの記述を脱帽するしかない美しい場面の描写であると褒め称えながら、私ならこう記述するとバッサリ。ハドリアヌスが命じた「対処」には、4人の殺害までふくまれていたはずでしょうというのである。
こういうあたり、時代背景を基にしつつ、人物の性格を掴んで、目線を高く判断する。塩野氏がどのように資料を読んでいるかという様子が垣間見えるような気がした。